環境対策

2024.10.25

日本の森林が危機にあるって本当?

CO2を吸収・固定する大切な森林をどうしたら守れる?

読み終わるまで: 9分

今回のテーマは、「日本の森林が危機にあるって本当?」です。
ますます進む地球温暖化。その主な原因である二酸化炭素C02を減らす取り組みが世界規模で進んでいます。なかでも注目されているのが、地球の陸地面積の30%以上を占める森林の「炭素固定」の役割です。
植物は光合成によってCO2を吸収し、炭素C(カーボン)のかたちで自らの体に固定・貯蔵します。これを「グリーンカーボン」といいますが、森林の木々は、幹や枝だけでなく、根や落ち葉を介して土壌にも大量の炭素を貯留します。また、伐採され木材として利用されている間も炭素を固定したまま、すぐれた貯蔵効果を発揮しています。
ですが、いま、この大切な森林が危機に瀕しているといいます。どうしたら森林を守れるのか、森林環境部の小谷野さんにうかがいましょう。

目次目次

プロフィール

小谷野さん

話し手 小谷野 開多 (こやの かいた)

株式会社パスコ 中央事業部 森林環境部 森林計画課

静岡大学大学院 総合科学技術研究科 農学専攻修了。パスコ入社後は中央事業部森林環境部に配属。主に航空レーザー計測データ等のリモートセンシングデータによる森林資源解析業務に携わる。


樋口さん

聞き手 樋口 沙紀子

地球の学校 編集部

世界では森林減少が止まらない

樋口
森林がピンチだと聞いて、とても心配になってしまいました。本当なんですか?
小谷野
まず、世界的な状況から見ていきましょう。2020年に国連食糧農業機関がまとめた「世界森林資源評価」によると、1990年から2020年までの30年間で、世界の森林は1億7800万ha減少しました。これは日本の国土の5倍近くにあたります。
樋口
そんなにたくさん失われているんですか。原因は何でしょうか?
小谷野
森林減少の原因は国や地域によって異なります。たとえばアフリカでは、深刻な干ばつによる砂漠化が進む一方で、人口の急増に伴う燃料調達のための乱伐が問題となっています。東南アジアや南米の熱帯雨林では、違法な伐採や開墾があとを絶たず、焼き畑が原因の森林火災も頻発しています。
乱開発
乱開発によって失われる熱帯雨林
小谷野
また、ニュースでご存じの方も多いかと思いますが、ここ数年、世界各地で大規模な山火事が相次ぎ、膨大な面積の森林が消失しています。原因は、地球温暖化に伴う異常気象により高温乾燥化が進んだことが大きいといわれており、いったん発生してしまうと大規模化・長期化しやすく、甚大な被害につながっています。
森林火災
世界中で相次ぐ森林火災

森の国 日本では、半分近くが人工林

樋口
森林の減少は世界的にとても大きな問題なんですね。
でも、私たちの住む日本では、乱開発や違法伐採の話も大規模な森林火災のニュースも、あまり見聞きしないですよね。
小谷野
実は、日本の森林にも問題があります。そこにふれる前に、まずは日本の森林の現状について説明します。
日本は国土の67%を森林が占めています。これは、いわゆる先進国とされるOECD(経済協力開発機構)加盟国のなかでは第3位。フィンランド、スウェーデンに次ぐ「森の国」なのです。そして、この50年、森林面積はほとんど増減がありません。
日本の森林
先進国のなかで森林率第3位の日本
樋口
そういわれると確かに、日本ではほとんどの山が木で覆われていますね。
小谷野
森林面積のおよそ40%が、植林によって生まれた人工林というのも日本の特徴です。世界全体での人工林の割合が約7%ですから、それと比べるとかなり高く、面積でみても世界の上位10カ国に入るほどです。これは、戦後の復興期に木材需要が急増し、スギやヒノキ、カラマツといった、建築材として利用しやすく比較的成長の早い針葉樹の植林を、国をあげて推進したことに由来しています。
樹木の体積を森林蓄積といい、資源としての木材量の目安としていますが、日本では森林面積が横ばいで続いているにも関わらず、戦後に植林された木が育ってきたことで、森林蓄積は年々増加。ここ50年で、2.6倍以上に増えているという状況にあります。
実はここに、日本の森林が直面している問題があるのです。

実は荒れて弱っていた日本の森林

樋口
森林の面積は減っていないうえに、木材量は増えている、ということですね。とてもいいことのように思えますが、一体何が問題なのでしょうか?
小谷野
植林した樹木が木材として使えるようになるまでは40〜50年ほどかかります。戦後急増した木材需要にすぐに対応できないため、日本では植林と同時に海外からの木材輸入を推進しました。関税が撤廃され輸入が自由化されたこともあり、比較的安価で規格がそろった大量の輸入材が入ってくるようになりました。
となると当然、国産材は売れなくなります。使用量も次第に減少し、昭和30年代に90%を超えていた自給率は、現在では約40%に低下。育成・生産を担う日本の林業は産業としての採算性があわず、縮小してきています。国産材の森林が豊富にあるにも関わらず、それが資源としてきちんと使われていないのが現状です。
樋口
それは大変残念なことですが、森林の危機にどうつながるのでしょうか?
小谷野
森林、とりわけ木材を生産するための人工林は、適切な管理がかかせません。ただ植えれば育つというものではなく、40〜50年という長い期間にわたる手入れが必要です。
たとえば、余分な枝を落とす枝打ちや、木を間引いて密度を調整する間伐。これらを適切に行った森林は、1本1本がすこやかにのびのび育つことで、CO2を吸収・固定する機能を最大限に発揮できます。また、地面にまで日光が届くことで下草や低木が育ち、多様な生態系や豊かな土壌をつくります。木も根をしっかり張ることができるため、大雨などの際も多量の水を保持する、土壌の流出を防ぐなど、土砂災害から国土を守る働きも高まります。
すこやかな人工林
手入れが行き届いたすこやかな人工林
樋口
なるほど。それが元気で健康な森林の姿なんですね。
小谷野
ところが、木材が思うように売れなくなったことで、手入れに費用がかけられなくなり、管理が行き届かない森林はどんどん荒れていきました。荒れた森林からは良質な木材はつくれないので、さらに収益が悪化し、林業従事者は減少の一途をたどりました。こうした負のスパイラルから、近年の日本では荒廃して放置された森林が少なくありません。
いったん荒廃すると、森林としての機能は大幅に低下し、その回復には100年単位の時間がかかるといわれています。また、気候変動がもたらす大雨が増えるなか、土砂災害などの増加も懸念されています。
適切な管理がなされず、資源としても活用されない、荒れて弱った人工林。これが日本の森林に迫っている危機の正体です。

木を切ることが日本の森林を守る?

樋口
そうすると、いま日本の森林に求められているのは、どんどん木を切って使うことでしょうか?
小谷野
そうですね。戦後植林された人工林の多くがいま、伐採適齢期である樹齢50〜60年を迎えているのですが、この木を伐採し、そのあと若い木を植えて再造林します。これにより、木材を資源として有効活用することで炭素を長期間固定・蓄積するとともに、元気な若木を育てることでまた新たにCO2の吸収を続けていくことができます。
植える、育てる、伐採する、そしてまた植える。こうしたサイクルで森林資源を循環的に利用することで、持続的にCO2を削減していくことが可能となります。
再造林
伐採あとに苗木を植えて再造林
樋口
大切な森林を守りその機能を再生させるには、日本の林業自体を変えていく必要がある、ということですか。そのためには、どうすればいいのでしょうか?
小谷野
林業には長期的な取り組みが不可欠です。長く続けていくためには、まず、適正な利益が継続的にあがるように生産性と安定性を高めると同時に、コストダウンにつなげるための省力化・効率化を進めることが大切だと思います。
たとえば、森林境界の明確化。林業では「どこまで自分の森林かわからない」「隣の森林との境界があいまいだ」といった境界に関する問題が非常に多く、その結果、本来残すべき木を伐採したり、他人の所有地の木を誤って伐採したりしてしまうなど、森林の整備・管理を適正かつ円滑に進めるうえで大きな障害となっています。それを効率的に解決するのが、広範囲の山間部を空から高精度に測定できる「航空レーザー測量」です。

森林を俯瞰することで林業の未来が見えてくる

樋口
航空レーザー測量とはどういうものですか?
小谷野
航空機に搭載した計測器からレーザーを照射し、3次元データを作成するものです。レーザーは樹木の間をすり抜けてデータを取得できるため、写真と違って木に覆われた地面も直接計測でき、森林境界の明確化などの作業が大幅に効率化できます。
樋口
なるほど。空から広い範囲を一気に計測して、しかも見えない地面までデータ化できるというのはすごいですね。
小谷野
さらに、この航空レーザー測量とAI解析を組み合わせることで、その森林を構成する木の種類がわかります。また、航空レーザー測量のデータ解析によって本数から、密度、樹高、成育具合まで高い精度で推定し、森林資源としての的確な分析・評価が可能となることで、より高度で精緻な事業計画が立案できます。
航空レーザー01
航空レーザー測量と航空写真を組み合わせ、詳細な表面層を再現
航空レーザー02
樹木で隠れて見えない地形や道路も詳細に描出
03
3Dデータでは、地形だけでなく樹高や生育状況まで判定可能
上記3点の画像はいずれも以下の著作物を加工して作成/VIRTUAL SHIZUOKA 静岡県 中・西部 点群データ、静岡県、クリエイティブ・コモンズ・ライセンス 表示 4.0 国際(https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/deed.ja)
樋口
広い範囲を計測する方法はほかにもあるのでしょうか?
小谷野
衛星画像を使う方法もあります。広範囲を撮影でき、かつ撮影頻度に強みのある衛星画像は、継続的な変化を捉えるモニタリングに最適です。たとえば、森林を伐採する際は、事業者に伐採や造林に関する届け出や状況報告が義務づけられているのですが、自治体によってはその確認に衛星画像を活用しています。現地に出向くことなく業務負荷を大幅に軽減できます。

衛星画像01

衛星画像02
毎年の変化を的確にとらえる衛星画像の活用で、森林行政の効率化に貢献 背景画像はすべてⓒ Airbus DS 2024
樋口
林業はそもそものフィールドが広大なうえに、文字通りの山あり谷あり。航空機や人工衛星を使って、俯瞰して把握する技術の活用領域としてはうってつけですね。
小谷野
はい、いま日本が直面している高齢化や労働力不足は、林業でも深刻ですし、森林行政もさまざまな課題に直面しています。そうしたなか、測量・地理空間情報技術を活かす取り組みを通じて、より魅力的で活気にあふれたこれからの林業をつくりだすお手伝いができれば、と考えています。

上手に活かして、豊かで持続的な森林を守る

樋口
そのほかにも、森林を守るためにできる取り組みはあるのでしょうか?
小谷野
必要なときに必要な種類の木材を安定して供給できるよう、木を育てる生産者とそれを活かす製材所や家具・建築メーカーを上手に連携できるシステムがあるといいですね。
安定供給という視点では、これまでにない木の利用法や幅広い活用分野をつくりだすことも効果的です。たとえば、建材として使うにも、木の特性を活かしながらより強度を高めた構造材の開発や、近年ではバイオマスとして間伐材や建築廃材などを有効活用することも進められています。
樋口
限りある資源ですから、無駄なく活用することが大切なんですね。
小谷野
さらには、木の活用法を広げるだけでなく、森林そのものの機能や活用法を見直すことも必要かと思います。ひとくちに森林といっても、木材供給のための森林もあれば、水源としての機能や土砂災害防止、生物多様性の維持など、その役割や働きはさまざまです。それら多面的な機能を、植生や樹種、地形や立地条件に応じて最適なエリアに割りふっていくとともに、人がもっと身近に森林に親しめるような仕組みを通じて、豊かで持続的な森林のあり方を考えていくことも大切ですね。
樋口
お話をうかがって、日本が抱えている課題を知るとともに、森林資源を上手に活用していかなければならないことをあらためて感じました。豊かな森林をこれからも守り続けていけるかどうかは、林業にかかわる方たちだけでなく、私たちひとりひとりがどんな未来を選びとるかにもかかっていると思います。
小谷野さん、本日はどうもありがとうございました。
小谷野
ありがとうございました。

小谷野さんと樋口さん

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