なぜ「米」は「八十八」と書くの?一粒のお米に詰まった人と自然のつながり
毎日の食卓に欠かせないお米。
その「米」という漢字について考えたことはありますか?
昔から「米」という字は「八十八」に分けられるといわれています。
その理由は、お米作りにはそれだけたくさんの手間がかかっているから。
田んぼを耕し、水を引き、苗を育てて田植えをし、水を管理しながら稲の成長を見守る。
秋になれば収穫し、乾燥させ、もみを取り除く。
そして、ようやく私たちが口にするお米になる。
一粒のお米ができるまでには、多くの作業工程と人々の手間が重ねられているのです。
しかし、お米作りは「八十八」の手間だけで完成するものではありません。
太陽の光や豊かな土、川からの水、そして季節の移り変わりといった自然の力も欠かせません。
弥彦山から新潟平野を見渡すと、一面に広がる広大な田園風景が目に飛び込んできます。
その風景は、お米が単なる食べ物ではなく、人の営みと自然の恵みに支えられて育まれる。
一粒のお米には、人と自然のつながりが、ぎゅっと詰まっているのです。
今日は「米の日」。
いつもの一杯のごはんを味わいながら、そのお米が育った田んぼや、それを支える人々と自然の営みに思いをはせてみませんか。
(文:樋口 沙紀子)
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