"it"とは、いったい何だろう。 ―「そこに山があるから」を考える

「そこに山があるから」。
英国の登山家・マロリーが、なぜエベレストに登りたいのかと問われて答えたとされる言葉です。

1923年のニューヨーク・タイムズに掲載された原文は、
"Because it's there."
実は、答えに「山」という単語はありません。
直訳すると「それがそこにあるから」。
日本では「そこに山があるから」と訳され、親しまれてきました。
エベレストを指した"it"が身近な山にも通じる表現に聞こえるのは、不思議なものです。

"it"が指すのは、当時まだ誰も登頂していなかった世界最高峰エベレストです。
この時代の状況も、背景にありました。
北極点への到達を米国人探検家が主張し、南極点にはノルウェーのアムンセン隊が初到達。
英国にとって、「第三の極」エベレストへの挑戦には国の威信もかかっていました。

山へ向かう理由は人それぞれです。
記録に挑む人もいれば、景色を見たい人もいます。

ここからは私自身の話です。
私にとっての"it"とは、まだ知らないことなのかもしれません。
山を登ると出会う、見たことのない風景や星空、変わった形の岩、どこからか聞こえる水の音。
「なぜだろう」と立ち止まると、景色が知りたいことに変わります。
調べ、測り、誰かに尋ねる。
そんな小さな疑問が、地球の変化や暮らしの課題を考える
入口になることもあります。
出かける前に答えがなくても構いません。
歩くうちに、探したいものが見えてくるかもしれません。

あなたにとっての"it"は、何でしょう。
10月3日は「登山の日」。
まだ言葉にならない何かを胸に、次の休日は山へ向かってみませんか。

   

(文:高岸 且)

   

■関連する編集室ブログ

山の日に感じる、山ならではの涼しさ

消えゆく氷河、変わる山 ― 国際山の日に想うこと