何も知らなかったころの新潟中越沖地震の経験、地球の学校が教えてくれたこと。

何も知らなかったころの新潟中越沖地震の経験、地球の学校が教えてくれたこと。
新潟県青海川駅付近で発生した大規模崩壊(2007年7月18日撮影)


新潟県中越沖地震が発生した2007年7月16日。
当時、私は震源地から約50km離れた場所にいました。
長い横揺れで、船の上で揺られているような感覚になりながらも、幸い、周辺の建物や道路への被害はさほど大きなものではありませんでした。

被害が少なかったことに安堵する一方で、時間の経過とともに悲惨な現実を伝えるニュースが次々に流れてきたことを覚えています。
震源地の近くでは液状化や家屋の倒壊が発生し、駅や道路は土砂の直撃によって、交通にも影響が出ていました。さらに、原子力発電所の火災なども重なったことで、多くの人が避難を余儀なくされていました。

同じ新潟県内で起きている出来事なのに、自分の地域は「無事だった」ことに、どこか罪悪感を覚えていました。

震源とマグネチュードや震度の関係性、そして、場所によって地震の揺れかたや被害の大きさも違うことなど、当時の私はその知識がありませんでした。
ただニュースから流れる状況を見守りながら、一日も早い復旧を願うことしかできませんでした。
時を経て、地球の学校の編集に携わる中で、地震に対する知識も増えました。

地震の被害は大きさ(マグニチュード)だけではありません。
そのとき自分がいる場所の震源との距離や揺れの伝わり方、そして地盤の状態によっても揺れ方が異なります。
その結果、建物の被害にも差が生まれます。
場所によって変わるリスクを事前に知り、向き合うこと。
そして、その知識や情報を、誰かにも伝えること。
それもまた、私たちができる防災の第一歩なのかもしれません。

自分が暮らす場所ではどのような揺れや被害が想定されるのか。
まずは知ることから始めてみませんか?

   

(文:樋口沙紀子)

   

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