京都の人はなぜ「いけず石」を置くのか? ―街角の工夫から、人と犬の暮らしを考える―

京都の人はなぜ「いけず石」を置くのか? ―街角の工夫から、人と犬の暮らしを考える―


この石をご存じですか。
「いけず石」という、主に京都市内で見られる、住宅や町家の角に設置される石です。
車両や荷車が建物に接触するのを防ぐための物理的バリケードとしての役割を持っています。
「いけず」という言葉は京都弁で「意地悪」という意味で知られていますが、
「これ以上先へ行けない」という意味も含むと言われています。
石を置くことで「ここから先は通れませんよ」とやんわりと示し、
トラブルを避ける配慮が込められているようです。

京都の街なかにはほかにも、「禁止」と直接伝えるのではなく、
物の置き方や形によって行動を促す工夫が見られます。
 


こちらの写真は「犬矢来(いぬやらい)」です。
犬の尿などで壁を汚されないよう建物の外壁に沿って設けられたものと言われています。

 
犬矢来と同じような目的から、壁に描かれた鳥居の絵を見ることもあります。
鳥居を見た飼い主に犬の尿を遠慮してもらう目的がある、と言われています。
このような「注意」「警告」「禁止」といった直接的な表現を使わず、人々の行動を自然に変える工夫を「ナッジ」と言い、社会課題の解決策として注目されています。

皆さんは鳥居の写真を見て何か感じることがありますか。
私は描かれている位置(高さ)が気になります。
描き手が人の目線だけを意識しているなら、もっと高い位置に描いた方が目立つと思うのです。
それなのに、鳥居は犬の目線にも入りそうな、低い位置に描かれています。
・鳥居を見た飼い主が犬のリードを引く。
・何度も繰り返すと、犬は「ここは立ち止まれない場所」だと学習する。
・だからあえて描き手は犬にも見える低い位置に鳥居を描いた。
そんな仮説も考えられます。
街は、そこに住む人だけでなく、通行する人や犬の散歩をする人など、さまざまな立場の人が共有する場所です。
これらの工夫は、強い言葉に頼らず、お互いが気持ちよく過ごすために生まれた、地域の知恵なのかもしれません。

今日11月1日は「犬の日」です。111(ワンワンワン)の語呂合わせが由来とされています。
人と犬が同じ街で気持ちよく暮らすために、どのような工夫ができるかを考えてみるのはどうでしょうか。
私も、もし機会があれば、犬が鳥居にどう反応するのか、京都で観察してみたいと思います。

    

(文:金子 力也)

   

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