コンパスは「北」を向いていない?二条城の"わずかな傾き"とは

コンパスは「北」を向いていない?二条城の

京都の二条城を地図で眺めると、ひとつ興味深い点に気づきます。
城の南北の軸が、現在の地図の真北に対して、わずかに東へ傾いているのです。

二条城が築かれたのは1603年。
徳川家康が、京都御所の防衛と将軍上洛時の宿泊を目的に建てた城です。
地理院地図によれば、二条城の南北軸は約3度東へ傾いており、
これは築城時の方位磁石による測量の影響という説があります。

私たちは「コンパスは北を指す」と理解していますが、
実際にはコンパスが示す北は、地図の上方向である真北とは一致しません。
コンパスが向くのは、地球の磁場によって決まる磁北です。
この二つのずれを偏角と呼びます。

江戸時代初期の日本は、磁北が真北より東にずれる「東偏」の時期にあたります。
二条城のわずかな傾きは、当時の磁北の向きをそのまま地図上に残したと考えられており、
いわば"歴史の痕跡"なのです。

しかし現在の京都では状況が逆転しています。
磁北は真北より西へずれ、京都付近では約7度の「西偏」とされています。
つまり、同じ方位磁石でも、時代によって指し示す北が変化してきたということです。
この変化は、地球内部の活動に伴う地磁気のゆるやかな変動によって生じます。

では、伊能忠敬が全国測量を行った1800年前後はどうだったのでしょうか。
この時期、日本付近の偏角はほぼ0度に近く、真北と磁北がほぼ一致していました。
伊能にとって、これは非常に恵まれた条件だったと言えます。

二条城の傾き、伊能忠敬の地図、そして現代の地図に描かれる磁北線。
これらはすべて、「地図には、その時代の北が刻まれている」という事実を示しています。

6月3日「測量の日」に歴史を振り返ると、
二条城のわずかな傾きが、地図を読み解く新たな視点を与えてくれます。

コンパスは北を指す。
しかし、その北は一つではない。

地図を読むことは、土地の形だけでなく、
そこに積み重なった時間と歴史を読み取ることでもあるのです。

   

(文:S.T)

   

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