江戸時代の和算家に思いを馳せて― 円周率を原点にした地図と計算法の探究

江戸時代の和算家に思いを馳せて― 円周率を原点にした地図と計算法の探究

「円周率は無理数だ」と、私は学校で教わった。
「計算するなんて無理な数」という意味だと思った。
ところが、コンピューターで円周率を計算したという記事が新聞に載っている。
その頃の私には理解するのが無理だった。

7月22日は円周率近似値の日。
この日をイギリス式で22/7と表す。
これを分数の7分の22となぞらえて小数にすると、3.142...と円周率に近い値になる。

江戸時代に円周率をソロバンで計算した人がいる。和算家・建部賢弘である。

享保7年(1722年)に将軍の徳川吉宗に建部賢弘が献上した「綴術算経(てつじゅつさんけい)」に、円周率の計算法が記されている。
円周率を計算する方法は、マーダヴァ(1340?~1425)やライプニッツ(1646~1716)によって既に発見されていた。
ただ、彼らの方法では、小数第10位まで正確に円周率を求めるために、100億以上の項の和を計算しなければならないという。
建部の方法なら、そのために第15項までの和を計算すればよい。

建部は、小数第40位まで円周率を計算し、三角関数表も作成した。
さらに、将軍の命を受けて、享保4年(1719年)より、日本初の測量図である「享保日本図」の制作を建部は指揮している。

今日では、100日以上に渡るコンピューターでの演算で、円周率を約300兆桁まで求めたという人がいる。
一方、効率性を重視する測量の実務では、実用上問題がない桁数までの値を、より少ない項の和で計算することが求められる。
このため、効率的な測量計算の方法が今なお探究されている。
たとえば、赤道からある緯度までの子午線弧長をその測地緯度から求めるための、従来よりも実用的な計算式を、現国土地理院長の河瀬和重氏が示されている。

建部は「探求すれば必ず真理を見つけられる」と考え、「綴術算経」の中でこう述べている。

「私は安行の道を行って安行を得る境地に至ったことはない。常に苦行の道に止まって、しかも安泰にいる道を肯定することもある。故に探索すれば必ず得られるとしてきた」。

この言葉は、将軍のみでなく、後世の私たちにも残されたものと思いたい。私たちは、この恵訓を心に刻み、限りなく測量の発展に努めたい。

   

(文:大場 亨)

   

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